逆転の発想

「逆転の発想」といえば、経営や能力開発にはつきものの言葉と言える。
「タンカー」という船は誰でも知っており、聞いただけでその形を思い浮かべることはできると思うが、造船史上に燦然と輝く「ケイザイセンケイ(経済船型・・世界用語になっている)」を開発したのが真藤恒である。
積載量と船のスピード、その二律背反であった当時の定着観念を真っ向から否定し、両立させることで画期的な船を創りだしたのである。
真藤は播磨のいち技術者だった。石川島と播磨が合併をした当時、それでも国内の造船業でもビリの方だったその会社が、この開発をきっかけに、一気に3年連続進水量世界一にまで踊り出た。
この大改革は合併直後、真藤の技術者への度肝を抜く発言から始まった。
『今の設備・人員で生産を少なくとも3倍以上にはできる。諸君はまったくオツムを使っていないのではないか。従来のやり方をすべて否定し、あらためてゼロから仕事を組み立てねばならない!』
そして、提案制度を指示し、全員に仕事の改善案を出させたが
『1%や2%の生産性が上がったところでしょうがない。もっと根本的な船の構造そのものが変わるようなことを考えろ!』
そして自らが提案したのが世界の造船界の大革命となった「経済船型」なのである。
いつの時代にも、発想の転換は求められている。特に、先行き不透明な現代社会の中で、大転換をはかるには、真藤の言うゼロからの発想は重要と言えるだろう。

さらに真藤は大改革をしている。タンカーの船内に機械や備品の間を縫っているパイプを統一化させたのだ。仕方のないものという常識を発想で逆転させ、主を従に変えることで、何と3分の1の鋼材の使用量減を実現させた。
当然コスト削減につながり、入札すれば必ず落札できるため、ダンピングの疑いまでかけられたが、ふたを開ければ驚異的な技術革新は他社を圧巻した。正真正銘の世界のトップの座についたのだ。
そもそも頭に金はかからない。タダのものを活用しないのは大損である――
最近の企業建て直しに「リストラ」は常識的な対策となっている感があるが、目先のお金だけを追いかけて、「タダのものを活用」することもなく、切ればそれで終わり、使い捨てというような安易な処置をとっていることにはならないだろうか。それこそ資源のムダ使いではないか。
常に自分との戦い
世界標準まで創りだした真藤を支えていたのは、『道元信仰』だった。
『禅の修行の一つの「只管作務」はなにもかも忘れて、ひたすら作業に没頭するということです。禅宗の修行でいえば、座禅の合間に雑巾をかけたり、托鉢にまわったり、食事をつくったり、と一刻の休みもなく働くわけです。我々の仕事だってそれと変わらない。
真剣に仕事に取り組んでおれば、その姿自体が「只管作務」なんです。そういう姿勢で働く人は必ず何かを生む。別に宗教なんて信じなくてもよい、その働く姿そのものが尊いのだから・・・』
すべて白紙の気持ちで取り組む姿勢、それが世界に誇れる技術を創りだしたと言える。
我見を離るるべし
NTTの社長になった真藤が一番大切にしたことが『人づくり』であった。

『経営の力点は多々ありますが、やはり根本は社員達の意識改革です。組織の形をいくら変えても、人の気持ちが変わらぬことには意味がない。全部とは言わないが、NTT
(民営化前)の人間には形はあっても心がない。適当に仕事をやって給料だけもらっておればよい、そんな生き方では人はついてこない。常に自分自身をみつめ、そして自分と闘い続ける姿勢を持ち続けるべきです。
生まれてきたからには、この世で何をすればよいか、世のため人のために何かをできないものか――と言えばかっこよく聞こえるだろうけど、とにかくその気持ちがなくなったら、人間失格だとぼくは信じている。
いったん恵まれぬ立場に置かれた人間は弱いものです。自分中心に考えてはいけない。目先の利害にこだわる者は小さな問題にふりまわされるだけ。それでは何も生まれません。まず、自分自身の小欲を捨ててかからないと・・・。
とにかく自分というものを捨てて捨てて捨てきる。
ケチな我欲や見栄の類を捨て、自然の法則に身を置くとき、そこに初めて何かが見えてくる。自然科学の世界に生きる者が自然の根源を知らぬようでは、奥深い研究ができるわけがない』
若い技術者には「船型設計で偉くなるには水の気持ちが分かるぐらいにならないといかん」と発破をかけ、ドクター合理化と言われた彼の口癖は「生首は切らない」だった。
いつの時代も、世の中を創っているのは大企業のネームバリューでもなければ、形だけの器でもない。そこで働く「人」である。
最近の経営者がよく「古い体質」と言われるが、その殆どが古来の日本の経営に対する評価である。しかし、本当にそうなのだろうか。真藤の発想・生き方・考え方は本当に古いものであろうか?
否! それこそ逆転の発想で、むしろ新しいものとして位置づけてみた時、これからの時代を生き抜く答えがあるのではないだろうか。
社員30万人という巨大企業の大改革に踏み込んだからこそ言えた言葉は重い。
『民営化は万能薬ではない、大事なのは競争状態を作ることだ。事業の独占を放置したまま民営化すると、逆に民業圧迫になる・・・』
我見を離るる時は今である。
引用 経営者を支えた信仰~ 池田政次郎著より