タフとやさしさ
昭和51年10月27日。世界一の電力会社である東京電力の、
第7代目の社長就任記者会見の席での出来事である。
「新社長、座右の銘とか好きな言葉は何ですか?」
この質問に、奇想天外の返事が返ってきた。
別に座右の銘ではありませんが、好きな言葉といえばレイモンド・チャンドラーの
「タフでなければ、生きていけない。やさしくなければ、生きていく資格がない」
というのがあります・・・
アメリカのハードボイルド作家の言葉に、後日友人達から、経営者としてはいかがなものか、
と叱咤された。
平岩は言う。
社長業というのは、よほどタフでなければ務まらないと思うんです。
それと当社は公益事業でしょう。
相手の立場、お客様の立場に立って物事を考えていかねばダメだ、
と常日頃から考えているので、相手にやさしい経営をしようと思う。
この2つにぴったりの言葉があれだったのですよ―

平岩経団連を支え、次の会長に就任したトヨタ自動車会長の豊田章一郎が、後に話している。
「大変お元気で年齢よりずっと若くて、姿勢もすばらしいのです。
会長に就任なさった時「志」と「心」を持ってやるとおっしゃっていましたが、
これは非常に印象的でしたね。
志というのは意志であって、高い理想を追求する志と弱者に対して配慮する心、
要するに思いやりですね。これを見事にやってのけられたと思います。」
平岩は、まさに「タフとやさしさ」を実践した人だった。
運と自然の摂理
6歳の時父親を亡くし、母子家庭で育つ。
第二次世界大戦では、陸軍に招集されニューギニア戦線に配属。
マラリアと栄養失調のため107名の隊は、生存者7名という過酷な体験をする。
川岸には必ず仲間の死体が折り重なってゴロゴロしていた。
そうした死体に混じってまだ息のある兵士もいたが、どうすることもできない。
この時、私は思いました。生きることができるのは、
運とか自然の摂理というものがあるに違いないと。
人間の努力も自然の摂理をはみだすことはできないのではないかと思った。
偶然に支配された人間の運命の儚さ、
運命とでもいわねば自分自身の気持ちの整理がつきませんでした――
過酷の状況の中で、人は食べてはいけないと分かっている物でも、口にしてしまうものである。
しかし、平岩はこう話す。
堪え忍ぶ時には、どんなことがあってもジッと耐える。
ぎりぎりの所で耐えられるかどうか、ここが大切なのです。
やはり全力を挙げて努力し、あとは自然の摂理にまかせるということでしょうね。
死と隣り合わせの、魂に刻み込まれた体験から生まれた言葉である。
アレ問答

戦後会社に戻った平岩は、東京電力の「中興の祖」と言われ4代目の社長を務めた
木川田一隆(当時は副社長)の目にとまる。
「平岩君、アレはどうなった」
調査資料を渡すと
「うん、これだありがとう・・・。ところでこの間、頼んでおいたアレは?」
副社長から頼まれた10もある案件から一つを答える。
「それはもういいんだ・・・」
そんなやりとりが日常茶飯事だったという。
その時、何を聞かれるかということをわかっていないと、駄目なわけなんです。
与えられた数多くの宿題のなかから一つ答えるんですから、
電力や社内問題の主流を見つけておきませんと、とうてい答えられません。
そこには、過去も将来もなく、あるのは「今」だけなんですよ。
木川田さんの心になって考え、察知しないと正解にはなりませんでした。
木川田は、仕事の師であり人生の師でもあったという。
『アレ問答にパスしなくても、次の段階ではなるほどという答えを知り、多いに学んだものです。』
人生の師を持つ――
現代の経営者の中で、尊敬できる「師」に恵まれる人は、少なくなりつつあるのではないだろうか。
六対四で勝つ
負けては絶対いけませんが、恨みの残らないような勝ち方が一番いいのです。
六対四というより、勝ったのか負けたのかわからないくらいの勝ち方が一番いいのです。
相手も自分が負けたと感じないくらいの勝ち方です。
本当はこちらが勝っているのですが、それを相手に悟らせない勝ち方、これが理想ですよ。
これは名人芸で、わたしみたいな凡人にはできない。
それで六対四と言っているのです。
そんな平岩はスポーツを好んだ。
特にボクシングは純粋な格闘技で、社会人に必要なチェンジ・チャンス・チャレンジの
3つが共通すると言っている。
忘れてはいけないのは、超一流の選手になればなるほど、
試合が終わった時、相手の選手から尊敬されているということです。
財界人としてトップを走り続けていれば、敵の一人や二人はいるはずである。
しかし、珍しいと言われる程、敵のいない人として定評があり、
さらに、自然に周囲から担がれる人であったと言われている。
平岩流 決断法
事いまだならず小心翼々 事まさに成らんとす大胆不敵 事すでに成る油断大敵
勝海舟『海船余話』より
『ある意志決定をするまでの過程というのは、
ああでもない、こうでもない、ああか、こうかと小心翼々として迷います。
その間は本当に弱い迷った状態がずうっと続く。
われながら情けないとおもうことがあります。
しかし、そのうちに時間がたつにつれ、考え方が自然に固まってくるような感じがします。
今だと思ったら一切を忘れて走る。
そのチャンスを逃したらもう永久に成功しないのですから、無我夢中で走らざるを得ない。
今までの経緯、自分のすべてを忘れて全力をあげるのです。
でも、やり遂げたあとで油断をしていたら足下をすくわれる。
だから最後は油断大敵ということになる。』
そして、物事を決める時には私心をなくし、心がさわやかになった時に決断する――
引用 『トップの人間学』 海藤守
『人間平岩外四の魅力』 大野誠治