[人間づくり]総合人間教育学の普及と援助

人間づくり対談



これからの時代に必要な事
下村
世のため人のために、私財をなげうって行動する、そういう財界人もいなくなりました。また、昔の官僚はまだ国家意識がありました。
アメリカの富豪で鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーのように、全財産を寄付したり、ビル・ゲイツも52才で引退し個人資産約4兆円で財団を作ったり。そういうことがまだ残っています。

木原
日本はそういった人物がほとんどいませんね。松下幸之助さん位でしょうか。
それにつけても日本は変われますかね?

下村
私は、一つのモデルケースがあれば、日本はすぐ変われると思っています。
例えば、食料自給率は日本全体で40%を切っているのに、北海道は150%なんです。
それだけ豊富なのに、名産地は他県に持って行かれている。政府から補助金だけ貰っても、地域は活性化しません。地方格差は人材の格差なんですね。 

木原
人材格差ですか!

下村
いい人材を確保しておもいきり責任を持たせて、いい結果を出させればいいんです。
国鉄は民営化の前は50億の赤字が、今26億の黒字です。

また、発想の転換も必要です。
松下幸之助さんは小さい頃、父親が倒産して大阪に丁稚に入った。川底にいる魚は自分の姿だけど、底にいるから今より下がりようがないから、上がるだけだと。常に前向きの発想だった。
大阪湾に落ちて九死に一生を得たが、助けられた自分はなんて運がいいんだと、悪いことを考えない。新入社員も、最初から運がいい人材を採用すると決めていたそうです。

かつて200海里問題が起こった時も、日本は漁場から閉め出されて壊滅するのではという論調でしたが、松下さんは「200海里を陸地と考えると、世界第6位の資源大国になる」と言った。当時こんな発想をした人は誰もいなかったのですが、そのうち地下資源がありそうだと分かってきた。

松下さんは、家が貧乏だったから学校に行けなくて、人よりも努力して伸び上がろうという意欲を持った。体が弱いから人を使わざるを得ない、任せざるを得なかった。人事の基本は、人を知ること、知ったら使うこと、使ったら任せることなのですが、松下さんは、任せて人を育てた。

木原
任せるのは勇気がいると思いますが。

下村
やらせる人はいても、任せる人はなかなかいません。しかし、松下さんは人は自分にないものを全部持っているはずだからと、社長の時の口癖は「あんたどう思う」でした。

ある時、経営の極意を一言でいいから教えてくださいとお尋ねすると、二つあると。
一つは、人の心を捕まえること。後に松下の社長になった山下俊彦さんが、入社2年目の時、社長がフルネームで呼んでくれたことが一番感激した、と言っていました。何が人間を喜ばせるのか、松下さんはこころの力を持っていたんですね。
もう一つは、宇宙の摂理に従うこと。人間は地球の中から、大器晩成で生まれた最高の生物なんです。だから宇宙の摂理に従わなければ、うまくいかないことを経営をしながら自然に学んだ。

「さくらは静かに時を待つ」という言葉がありますが、冬のさなかにどれだけ努力して花を咲かそうとしてもムリだけど、その時期に、やることをしていれば春にはちゃんと花を咲かせる。これが宇宙の摂理に従うという事です。


経済界には人間学は必須
木原
現代社会で経済の役割は非常に大きくて、財界は、お金、社員、社会、国家も動かす力があると思います。私はよく財界人こそ真の宗教人だと話すのですが、経済界にいま必要なものは何でしょうか?

下村
基本は人間学だと思います。基礎さえ徹底的に鍛えていればぶれないはずです。
最新の量子物理学研究の論文を読んで気がついたのですが、人間のものの考え方は原子に反応するのではないのかと。学問を究めた安岡先生と、経営を突き詰めた松下さんと、量子物理学はどうも一致しているのです。

だから、ものの考え方は非常に大事だと。稲盛和夫さんは、人間の成果は、能力&情熱・超能力のような六感&ものの考え方のかけ算だと。ものの考え方はマイナスゼロからプラス100、能力と情熱は、ゼロから100。かけ算ですから一番根本の、ものの考え方が狂っていたら、どれだけ社会に悪い影響を及ぼすかわからない。 

木原
当財団では、コスミカリズム(宇宙本位)を中心に据えています。こういう視点でなければ、根本解決はしないと思っています。
しかし、見えない世界だからなかなか分かっていただけない。いま世の中のアナログ的なものがほとんどデジタルになった。
デジタルは見えますが、アナログは見えにくい。人間にはどちらかというとアナログが大事ではないですかね。

下村
そうです。安岡先生は一番大事なのは「情」と言われました。情がない知識はダメなんですね。情はアナログです。 

木原
情はかけすぎてもいけないし、さじ加減の難しさを感じるのですが、そこに人間学の大切な要素があるんでしょうね。
情の世界も、最近は忘れられているように感じますが。

下村
安岡先生は、人の精神状態が良かったら、絶対に国は潰れない。
住んでいる人の考え方が廃退した時、どんな強国でも会社でも、自己崩壊すると言われました。

木原
今の企業不祥事も同じですね。日本人は変わり目が早く適応能力があって、そういう点では捨てたものではないのですが、最近教育も、教養科目が減って専門的なものに偏っている風潮があるようです。 

下村
専門的にする方が手っ取り早いようですが、基礎のしっかりしていないものは何をしてもぐらぐらしますよ。
しかし、徹底的にいじめられた中から案外気づくこともあるのが日本なんです。

 

木原

確かに、そういうところがありますね。そういった意味でも、子供の教育からやり直すということなんですね。



原点回帰
下村
国のオーナーは国民です。オーナーがチェンジすれば、政治も変わらざるを得ない。だから、遅いようでも子供の教育から始めた方がどうも早いと思ってます。
安岡先生が凄いのは、例えば、トップが間違うと必ず大変な影響力がでる。だから何かあると必ず一対一で会って指導されていました。
自分は表に出ないようにして、日本国民の健全のためにいろいろな材料だけを提供しようとされた。そういうことを丹念にされていかれたんです。

無名有力、有名無力。有名になるほどだんだん人間はだめになる。無名で有力な人がいちばん大きなことをすると。
多くの人が評論している時に、先生は行動されていたんです。 

木原

戦前戦中の修羅場をくぐり、たたき上げてきた方がいなくなりつつありますね。

下村
安岡先生が亡くなった時、次の人はいませんか? と言われたのですが。東洋を究めた人もいるし、西洋を究めた人もいる。しかし、西洋と東洋を両方わかってバランスのとれる人は案外いないんです。
いい人材が一人でるだけで、相当変わりますからね。一番はトップリーダーですよ。

木原

国づくり人づくり財団の目指す日本回帰は、決して日本だけを復活させることではなく、東洋・西洋・日本の融和ということなんです。

下村
世の中の荒廃があまりにも酷いから、少し回帰したような感じがありますね。論語塾をしていても、結構まじめな人がだんだん寄ってくるような気がしています。その点では希望が持てます。
安岡先生は、東洋古典で行きつくのは易経だと言ってました。すべてが陰と陽でなりたっているという事です。

木原
子供の教育はもちろんですが、経済人・財界人のご指導もこれから賜りたいと存じます。
私も究極の人間学として、運命創造学を教えているのですが、先生と対談させていただいて、本当に教育からもう一度この国の立て直しをしなければと感じました。
今後ともよろしくお願いいたします。本日は本当にありがとうございました。

下村
協力できることはいくらでも、させていただきます。


下村 澄(しもむらきよむ)
1929年佐賀県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。大阪テレビを経て、株式会社毎日放送入社。秘書部長・社長室・局次長を勤める。 経済団体社団法人ニュービジネス協議会(NBC)専務理事・相談役を歴任。勉強会の横断的組織「知恵の輪」の代表を長く務め、株式会社日本企業調査会・相談役、「不昧会(ふまいかい)」代表、「素心・不器会」会長として読書会、著者と語る会、銀座寺子屋子ども論語塾を開催している。 著書に『人脈のつくり方』『「人脈」を広げる55の鉄則』『人望学』『人間の倫理』<安岡正篤先生に学んだこと>の三部作『人間の品格』『人物の条件』『「運命」と「立命」の人間学』ほか多数。



安岡正篤(やすおかまさひろ)
1898年大阪市生まれ。東京帝国大学法学部政治学科卒。東洋宰相学・人物学・陽明学等の権威。
1931年日本農士学校を設立、東洋思想に基く農村青年の教育を行う。戦後は全国師友協会に拠り、各地に大きな教化活動をする。「国家の興亡は、その国に如何なる指導者を有するかに依って定まる」との信念の下、真成のエリートを養成することを目指す。
「玉音放送」原案に朱を入れたのを始め、歴代首相の国会での演説草稿に筆を入れ、首相の指南役として知られた。「宏池会」「平成」の名付け親でもある。著書に『東洋倫理学概論』『陽明学十講』『老荘思想』等がある。1985年蔵書1万冊が韓国の大学に寄贈された。没後、『活眼活学』『運命を創る』『人物を修める』等、生前の講演、講話をまとめた本が刊行され、ビジネスマンに幅広く読まれている。 1983年12月13日永眠。