福田首相の政権放棄の心理状態
9月1日、福田首相は突然に辞任を表明した。
しかも夜9時半という時間帯である。
昨年安倍首相が突然辞意を表明したのが、9月12日だった。
1年間に2回、日本国では内閣総理大臣が政権を放り出したことである。
福田首相は辞任の理由は安倍前首相と違うと主張したが、
私は目クソが鼻クソを笑うのと同じだと思える。
共通したもの

福田首相がオリンピックのメダリストを表彰したとき
「アーチェリー」と「フェンシング」を間違えたときがあった。
そのテレビをみていて同年輩の私は「これは脳の障害(ボケ)だ」と感じた。
実は私の年(73才)になると、言葉づかいと忘れ事にボケがでるといつも気にしているからだ。
福田首相は年内もたないと感じたが、それでも与党で臨時国会の召集日や会期、
景気対策も合意した3日目に辞意を表明するとは思わなかった。
想定外の出来事だった。
福田康夫と安倍晋三は、年も違うし性格も違う、本人同志も友好な関係ではなかろう。
しかし、共通したものが2つある。
1つは政治家として名門の生れであり、福田は父が首相で安倍は祖父が首相であったことだ。
もう1つは、2人とも辞める理由を小沢一郎のせいにしたことだ。
小沢の「いじめ」で2人の首相が1年間に2人も政権を放り出すという悲劇というか、
喜劇というか奇跡が起ったのだ。
本当に小沢の力で政権を放り出したのであるなら、それはそれで納得できるが、
小沢のせいにすることで精神を落着かせようということであろう。
要するに福田も安倍も、大人になり切っていないことに問題があるのだ。
心理的に幼児のままで政治家になり、首相になってしまったということになる。
となると本人だけの問題ではなくなる。
どうしてこんな幼児性の強い政治家を内閣総理大臣としたのかを考えてみる必要がある。
自分を客観的に見ることができる人間

安倍政権をつくったのは、安倍の政治的能力を評価したのではない。
名門の顔が参院選挙に有利とみたからである。
日本の有権者もずい分なめられたものだ。
さすが日本国民は自民党に対して厳しい判断をした。
その結果が参院で野党が多数となったのである。
「ねじれ国」をつくった原因は自民党にあることを認識していないことに、福田首相の無能さがある。
その無能に気がつかずに、野党のせいにする政治家がいるとすれば、そもそも政治家になったことに問題がある。
福田首相は記者の「他人ごと」という指摘に逆切れして、
「私は自分を客観的にみることができる」
と発言した。自分を客観的に見ることができる人間なんか、この世には存在しないことだ。
それを公式の記者会見で公言するとなると、精神鑑定がいるかどうかの問題となる。
しかも福田首相のねらいは、次の総理総裁を誰とするかより、総裁選をお祭りにすることで、
小沢一郎の目指す政権交代を阻止しようということに狙いがあると、自分で公言するような不見識さである。
「自分を客観的に見ることができる人間」のすることかと馬鹿馬鹿しくなる。
福田首相の状況を客観的に観察すると、1年足らずの間に何回か、
日本国民のためになる大改革を断行できる機会があった。
別の言い方をすれば、天命は福田首相を使って日本いや世界に発信させようとしたが、
それに気がつかないというか、「天命のレセプター」になれない無能さである。
私ならまず、ガソリン暫定税率を再議決で戻したとき、
「1兆円は高齢者医療制度の改善に使用する」
と宣言した。さらに、サミットでは、G8首脳全員に
「17世紀に生まれた資本主義は20世紀で崩壊し、人類を滅亡させるようになった。
ポスト資本主義のルールと国際社会づくりをやろう」
と提言した。