9つの立国構想

CMF対談


 


木原
この度は、国会会期中のお忙しい中、お時間をいただき有り難うございます。 早速でございますが、今、日本国が抱えている問題は、対外問題では、中国・韓国との靖国参拝問題や北朝鮮拉致問題、国防問題など。国内問題では憲法改正、教育基本法、皇室典範、規制緩和によるひずみ、格差社会、基地問題、共謀罪、ITの急速なる普及による社会の大変革、企業不祥事(耐震疑惑)等々、問題は山積してますが、前半は先生ご自身のことも含め、いろいろなご意見をお聞かせいただき、後半は「魅力ある国づくりには何が必要か」をお聞かせ頂きたいと思います。

平沼
いただきましたいろいろな資料を拝見いたしますと、国づくり人づくり財団の理事長であり、真言宗の僧籍でもいらっしゃるのは?

木原
元々お寺の息子ではありません。経営コンサルタントをしている時に、ある大企業の元副社長が起業した会社のコンサルタントを頼まれ、更に半年後に社長を引き受けてもらえないかと依頼があり、代表取締役を引き受けたところ、その半年後に二重帳簿が発覚しました。既に一億6千万の負債を抱えていたのです。 一年でまさに人生が180度狂ってしまった(笑)。

あまりの苦しさに有名な霊能者に相談したところ、まさに御利益の何ものでもなかったのですが「木原家の3代目のご先祖様で高野山に大変貢献された方がいらっしゃる。高野山にお参りなさい」と言われました。 3回目のお参りの昭和59年7月21日に弘法大師さまをお祀りしている高野山奥の院のバス停を降りた途端、耳が聞こえなくなり『天の声を聞け』と右斜め上より声がし、参道に大きなスクリーンを見ているごとく、お坊様が出てこられ「わしの子じゃ、わしの子じゃ」と言って身体をなでまわすという不思議な体験をしました。

2回目は一切の負債を背負って会社を整理した昭和60年11月20日の夜8時頃。部屋にお飾りしている祭壇の前に大仏のような大きなお坊様が座っておられ「こちらに来い」と手招きされているのです。 その時は、到底そんな気にもなれませんでしたが、ずっと手招きし続けられている姿に引かれるように祭壇の前へ座ると、幻影は裸の姿になっている上半身を白布で拭ってくださり、手を頭の上に置いて、「今日ですべてが終わった。霊能預知預言能力を授ける。今日から世のため人のために生きなさい。決して自分の欲のために使ってはいけない。ありがとうございますを唱えさせなさい。45日の水行をせよ」と。後でわかったのですが、そのお坊様こそ弘法大師空海様であったのです。


精神世界へのきっかけ
平沼
不思議な体験をされていらっしゃいますね。 私は機関紙の会報誌の中で木原先生が唯物的物質主義について述べていらっしゃるところがありましたが、私も、生長の家の谷口雅春先生の「生命の實相」という一冊の本に出逢わなければ、私は唯物的な人間になっていたと思います。宇宙・大自然の摂理や、キリスト教・儒教やお釈迦様、孔子が何をしたか。すべては『萬教帰一』一緒なんだと。そこに非常に共鳴したわけです。  「生命の實相」との出逢いがなければ性格的にも刹那的物質中心の考え方で突き進んでいたと思います。

木原
私も中学生の頃、家庭内でいろいろなことがあって「生長の家」に触れ、知らず知らずのうちに精神世界の基盤が作られていたと思います。

平沼
丁度、サラリーマンをしていた頃、おやじの部下で「生長の家」を熱烈に活動されていた方にすすめられて「萬教は帰一」するという排他的ではない思想に感動しました。


対談中(木原秀成先生)
木原
そうでいらっしゃいましたか。 「生命の實相」が平沼先生の「人生の邂逅」と言いますか、大きな精神的支柱になっているとは。人間の運命とは不思議なものですね。 話せばきりがありませんが、お話を先に進めたいと思います。

去年7月、郵政民営化法案の衆議院本会議採決で反対票を投じ、その後の第44回衆議院議員総選挙では、自民党の公認を得られず無所属で出馬され当選。 特別国会の郵政法案の採決でも反対票を投じられた姿は、男として「惚れる」と申しましょうか、信念を貫く姿は、私だけでなく国民も同じく感動されたのではと存じます。

平沼
このことに関しては、7月の国会に提出されたものと全く同じ法案内容であり、約10万人の有権者の方々が 私の主張に投票してくださって当選させていただいた議員として、自分の信念や主張に反して賛成票を投ずることには到底できませんでした。安倍晋三官房長官からも、当時いろいろなありがたいご指導もいただいたのですが、信念を曲げてまで投じることは、政治家の死を意味しますし、自分自身の人としても納得ができませんでした。

木原
立派な政治家の先生はいると思うのですが、身体を張って自分の信念を貫く、また国益を守るという政治家はなかなか見当らない。あの時は、平沼先生のその姿の中に希望が見えました。 やはり血脈といっては何ですが、法曹界の大立役者であられた戦前の総理大臣の平沼騏一郎さまの精神が流れているように思われるのですが。

平沼
平沼騏一郎には子供がなく、2才の時養子になりました。 というのも騏一郎の兄で、早稲田大学の学長をしていた平沼淑朗は私の母の祖父にあたります。当時騏一郎の家に女手がなく、私の母をそばに置き実の孫のようにかわいがって、おまえの産んだ子を養子にと。昭和14年に騏一郎が総理大臣を拝命し、中でも圧巻は昭和16年8月、騏一郎が自宅で右翼に暗殺されかかった事件があり、瀕死の重傷を負ったことがありました。東条英機が逮捕せいというくらい、開戦の時も反対で、戦争をしないように画策をして、それが軍に漏れて撃たれたのです。

また御前会議に陸軍・海軍の備えはどうなっているかと。軍は竹槍でやろうとしているわけですから答えられない。その時、平沼邸は軍の焼き討ちで炎上してしまったのです。最後はサンフランシスコ平和条約の一年前に獄中で死んだのです。86才老衰でした。騏一郎を形容する言葉は「秋霜烈日」。非常に厳しい人だったようですが、僕たちにはやさしいおじいさんでした。

木原
昔の人は、人として筋の通った人がたくさんいらっしゃいましたね。胆識とか気骨とか。今はこういう人が少なくなっていますね。


郵政民営化について
平沼
話は戻りますが、このたびの郵政民営化の件は、木原先生も機関誌に書かれていらっしゃるように、アメリカンスタンダードの一つとして据えています。米国が日本の郵便貯金や簡易保険、あわせて340兆円が思惑にあるのは明らかで、その米国の要求通りに法案が出され決定した。 最大の同盟国だからと言って、小泉流にすべて100%アメリカのいいなりではおかしい。 真の同盟国であればこそ、意見が違うところ、また国益を考えなければならないところは、率直に言うことが大切であり、いいなりになることではありません。 もう一つ、前回の総選挙で優秀な若手政治家を失ったことは残念でなりません。

木原
いわゆる小泉総理が送った刺客、小泉チルドレンですね。

平沼
そうなんです。そういうこともあって、「正しい日本を創る会」を発足し、若手政治家達に日本の国が世界に向けてどういう未来ビジョンを作るべきか、そのために勉強会をしています。

木原先生のところの大学のパンフレットを読ませていただきますと、インターネットを駆使し、魂からの人間教育が行われ、この時期にかなっているなと感じました。

木原
大学では、縄文時代から培われてきた日本文明・文化論から人間の再教育を。これが『人づくり』です。 その人達が真剣に日本の国を立て直していく『国づくり』は財団で、そこから必要な事業を9つの構想にまとめています。 この構想は、18年前から描いていました。普通、学校を卒業させればそれで終わりですが、私の場合はそこからが始まりで、その門下生がずっとついてくるのです。その人達の経済的な道も考えないといけない。 大学教授・学者先生をはじめいろいろな方々が、大変大変と口では言われるが、じゃあどうすればいいかという先のことはやらない。

そこで、昨年9月第1回夢・地球交響博から旗揚げをしたのです。月1回広島はもとより九州・東京などで講演会、説明会をするのですが『国』を意識している方が少ないことに驚愕いたします。かと言って誰かがやらなければの想い一つでやっております。


拉致問題について
木原
次に、対外問題の北朝鮮拉致についてですが、平沼先生は拉致議連の会長であられこの問題に取り組んでいらっしゃいますが、今の現状をお話していただければと思います。

平沼
これは非常に難しい問題でありまして、なかなか風穴が空かない現状であります。そもそも今農林水産大臣をやっています中川昭一代議士が拉致議連の会長で、私の後に経済産業大臣になると、閣僚では議連のお世話ができないので、是非引き受けてくれないかと、話がありました。 私は、3年2ヶ月経済閣僚をしておりましたので、拉致の問題には大変関心があり、かつ同情もさせていただいておりましたが、最初はどこまで責任を果たせるかわからないので、お断りをした経緯があります。ところが3回目に、ご家族の大変つらい心情をお聞きし、お引き受けすることにいたしました。

木原
拉致問題に限らず北朝鮮の動向は危険なことが多い国でありますから、日本国として凛とした態度で臨まないとですね。 最高指導者である金日正が拉致の非を認めて謝罪をしたにもかかわらず、横田めぐみさんの遺骨はねつ造していたという事実。 ここまで来たら、曖昧にはできないのではないでしょうか。


対談中(平沼赳夫先生)
平沼
おっしゃる通り彼らはもう拉致問題は終わりだと言う態度をとっています。後は国交正常化をしたいと。 一兆円を越える経済援助を望んでいるわけです。 拉致は、国家的テロ行為ですよ。 我々議連は、この問題を解決せず国交正常化はすべきではないというのが基本的考え方です。国会でも努力をいたしまして、衆参議院には特別委員会を設置し決議もいたしましたし、法律も作りました。

法案は一つ外国為替法の改正です。いろんなルートで北朝鮮にお金が送金されている。これがストップされれば非常に北朝鮮は困るのです。 二つに特定船舶入港禁止法案です。 新潟に定期的にやってくる万景峰号はご存じのとおり、他にも年間千隻ほどの船が入ってきて日本の物資を運んでいるのです。 逆に北朝鮮からは偽札・麻薬などが入ってくる危険性がある。これをストップさせることで、拉致・特定失踪者に風穴が空くのです。 しかし、国民の中でも、一部の人が、北は原子爆弾やテポドンというミサイルを持っているので、追い詰めると「窮鼠猫をかむ」のではと心配される方もいるのです。

木原
今の日本国民は、戦後60年の間に平和ボケしていて、国民自体に判断基準がないように思われてなりません。 北朝鮮に対しても言うべきことは言い、するべきことはする。ガンとして日本の姿、また日本人としてのアイデンティティーを明確にしなければ、この問題に限らず靖国問題でも言えることですが、日本の外交が弱腰だと言われる所以だと思います。

平成13年に野菜3品のセーフガードの措置の折、発動要請があり相手国・中国に報復措置がとられるのではないかと言われる中、平沼先生が物事の是々非々を明確にされた後に、中国の態度が変わり、関税割当で終了したようにですね。 日本人の曖昧さ、またうやむやにし過ぎる傾向にある、そういう点から政治家の先生方も姿勢を変えていただき、国民のコンセンサスを得て理解していただくことが大事だと思うのですが・・・。

平沼
日本としても日米安全保障体制の中で、しっかりとした監視体制と防御体制の中で経済体制を発動させ、一日でも早く、拉致被害者の解決を両国の政府間で正式な交渉によってする所存です。 。


皇室典範改正について
木原
続いて、皇室典範の件についてですが、私がこの問題について平沼先生の演説をお聞きしたのは、今年2月頭山満生誕150周年記念に参加した折、話題の皇室典範についてふれた時ですが、同感でありますと感奮いたしました。

私も主催で広島の国際会議場で今年3月21日『皇室典範改正案から見える日本の将来・・万世一系2千年の伝統を消してはならない』という題目で、国際問題アナリストの藤井厳喜先生と講演をさせていただきました。 女系天皇はあるいは女性天皇論は既にさまざまな方達が論じておられますので、省略させていただきますが、私はちょっと違った角度から、なぜ男系でなければならないのかをお話させていただきました。

古史・古典を研究しますと、日本の歴史というものは極端に言えば世界の始まりは日本だと。竹内文書などには世界を16に分けて、そこに日本から皇太子をどんどん世界に送り込んだという風なことが書かれてある。 その真相は賛否両論いろいろあろうかと思いますが、 まさに世界の中心は日本であり、日本という国体の成り立ちをもう一度見直し、こういう視点からも皇室の問題に踏み込んでいかなければいけないと。

平沼
そうですね。皇室典範については、国の存続をかける程の非常に重要な懸案でございます。 125代続いた歴史、また皇紀2666年の歴史を、有識者会議で10名の有識者によって、しかも34時間という短い時間の中で安易な結論を出されたわけですから、ましてや皇族には一切相談もせずにです。 平成17年
11月に出た結論は

①女系天皇を認める
②長子優先


という内容であります。 秋篠宮様妃殿下紀子様のご懐妊があり、皇室典範は先延ばしとなりましたが、この問題が解決したわけではありません。万世一系できたことは、日本人のアイデンティティになっていますし、世界でも日本の皇室そのものは生きている世界文化遺産なのです。 日本会議主催で、今年3月7日武道館に1万3千人が「皇室の伝統を守る1万人大会」に参加されたのですが、その講演の中で大変印象に残っているのが、メッセージだけでありましたが、ヘブライ大学のベン・アミ・シロニー教授でございました。「万世一系は世界の宝・日本の皇室は世界の宝なのだと。男女平等に反しても許されることが3つある。それは一、皇室そのものが神聖である。二、皇室そのものが文化である。三、皇室そのものが伝統に基づくものであると」日本人でなくユダヤ人のシロニー教授が言われたことは大変嬉しく思いました。

木原
わたしもよくユダヤ人であるモルディカイ・モーゼ著の『日本人に謝りたい』の著書を紹介するのですが、この著者はルーズベルトのブレーンとして対日戦後処理の立案に参画した方で、一日も早く尊敬する日本人が戦前あった世界に燦然たる民族的長所を復活させていただきたい。 なぜなら、それがすなわちユダヤ人の理想でもあるからだと述べていらっしゃるのです。戦後処理の中で、私たちに培われてきた歴史、伝統、文化そして精神性がすべてGHQの政策の中で壊されていったのですから。 日本は、縄文時代から1万年以上も続いている世界最古の文明国です。その永い歴史の中で、日本人は宇宙森羅万象の普遍性である『多様性の融和(ムスヒ)』を国家精神(霊性)としてきました。その本義とは、人智では計り知れない神秘なる大霊(ムスヒ)に対する絶対的な畏敬であり、万物はムスヒの分霊であると捉えたのです。そして、ムスヒの神格者としての象徴を天皇としたのです。

平沼
1940年、ユダヤ人にビザを発行し、救済した杉原千畝さんとか、歴史からも日本民族とはつながりがあるのでしょう。 とにもかくにも、皇室典範改正の問題は、明治の時一度時間をかけて改正し、その後GHQが大幅に変えるということでしたが、やはり長い伝統があるとして、第一条は男系が継ぐと書かれております。 ジェンダーフリーという男女共同参画社会などと照らし合わせて、この問題を簡単に、又勝手に変えていいのか?何を急いで結論を出そうとしているのか。

今現在は今上天皇の後は皇太子様がいらっしゃるわけですから、早期帝王学の必要性はあるものの、じっくり粛々と検討し、短時間の改革気分で決めるような問題ではないのです。 また、取り返しのつかないことになりかねないということを国民の皆様にしっかりご理解頂いて、守らねばならないことは守っていくことであります。

木原
私は、破滅か継承(創造)かの選択を迫られている地球の未来を救いうるのは、日本文明であると確信しています。 日本地図を広げますと、世界地図になるように、世界の中心は日本であると、つまり、地球のひな型が日本であると。そして、その中心が皇室であり、元首として天皇がいらっしゃる、と信じていますが、今の皇室典範改正は、これからの地球平和のためにも、日本国においても、皇室においても重大な問題であるがゆえ、慎重に結論を出すべきだと思います。

私は、自分の増上慢から申しているのではなく、日本の将来を思う時、第二次世界大戦時における敗戦の天皇責任論は、歴史的検証に任せるとして、日本人の精神的物質的価値の深奥には天皇制というものが連綿として生きつづけていると思っています。それと皇室典範改正問題の裏側には皇室の消滅、それに伴って日本の神社が消滅する。こうなれば大変なことになると危惧をしているのです。このことにどれだけの国民が気づいているでしょうか。


平沼赳夫先生プロフィール
衆議院議員・無所属(元自由民主党所属) 当選9回。 昭和14年(1939年)8月3日、戦前首相を務めた平沼騏一郎の実兄の平沼淑朗の曾孫として生まれる。2才の頃、平沼騏一郎の養子となる。妻の曾祖父は徳川慶喜。 慶応大学法学部卒業。日東紡績株式会社入社。佐藤栄作・中川一郎の秘書を経て、1980年衆参ダブル当選で初当選を果たす。

1995年村山改造内閣で運輸大臣として初入閣。その後、通商産業大臣・経済産業大臣を務める。 北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(拉致議連)会長、日本会議国会議員懇談会会長。 2005年7月5日。郵政民営化法案の衆議院本会議採決で反対票を投じた。このため2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では、特別国会の郵政法案の衆議院再採決でも反対票を投じ、解散総選挙で自民党を非公認になり、無所属で当選した14名のうち、再び反対票を投じたのは平沼氏ひとりであった。それにより自民党を離党。