誠心誠意の付き合い
頂点に立っても変わらぬ人間性
「オーラが違ってきている」
-初の東正横綱の春場所が始まっています。
木原座主(以下座主)
横綱が東の正横綱に就き、本当に感慨深いものがあります。勝負の世界ですが、ずっとこのまま続けていただきたいと思いますね。いまの横綱は、オーラが違ってきていますから。
-知り合ったのは6年ほど前(関脇時代)になります
座主
大関だった平成23年秋と九州場所に臀部のけがで8勝7敗が2場所続き、苦しんでいた様子でした。そのころ、ひとの話をきちんと聞く、耳を傾ける方という印象を強く持ちました。相撲にいちず、よく質問も返してくれました。まず、ものごとを受け入れて、自分でそしゃくする能力のとても高い方だと感じます。他人からの意見は聞いているようで、聞いていないものです。
信じる心が大事
横綱日馬富士(以下横綱)
先生の話を聞くと、生きているのではなく、生かされているものという気がします。心が癒やされ、パワーをおくってくれていると信じられる。ボクも(先生に)オーラを感じます。信じる心が大事だと思います。
-座主は親子の元関脇栃東、元大関栃東(現玉ノ井親方)らともかねて親交が厚いですね。
座主
そう、体の小さなお相撲さんが心技体を整え、大きな力士の勝つ姿に、相撲道を感じるんです。いっときの人気やパフォーマンスではなく、日馬富士関にはそれを貫く姿勢がある。日本人が失ってきた精神性の土台がブレていません。頂点に立つと人間性がかわるひともいるけど、横綱にはそれもありません。威張ることもなく、謙虚な気持ちに技と体もついてくる人物。これからもそれを失ってほしくないのです。
指導はしない
「信頼と励まし」
-本場所中でも連日のようにメールの交換をなさっています。どんな話をなさるのでしょう。
座主
わたしは指導したこともないし、することもありません。ただ『大きな深呼吸、最後に小さな深呼吸、3回すれば必ず落ち着く』『肩に力が入りすぎている』などちょっとしたことをお知らせします。少しでも気を楽にしてさしあげる、そんな思いです。
横綱
そうですね。呼吸はとても大事です。それで、出る力が違ってきます。参考になります。ボクはよく土俵下で瞑想するのですが、緊張した時など、よく先生の言葉を思い出します。
愚痴こぼさず
座主
横綱は愚痴はこぼしませんでした。次の場所で優勝する、とだけ言ってくれて・・・・そして1月の初場所で全勝優勝です。うれしかったですよ。もうひとりの横綱、同じモンゴル出身の白鵬関も長く一人横綱で本当に頑張ってきました。ただ、わたしはこうも思うのです。白鵬関は平成22年に双葉山の最多連勝記録(69)に挑み、残念ながら(63)で止まってしまった。これを流れのひと区切りと考えるとするならば、そこから日馬富士関にチャンスが巡ってきたとも思えました。日馬富士関の時代がくると・・・。そんな言葉を送った気がします。
横綱
先生は自分をわかってくれている方だと思います。自分の考えが間違っているか、いないか。先生の口から聞くことによってストレスも消え、気合も入るし、癒されもします。
父を事故で無くし「徳を積む」生き方に・・・
「日本人より日本人らしい横綱」
■見えないものへ
-横綱は平成18年末、父ダワーニャムさん(享年50、モンゴル相撲の元関脇)を交通事故で亡くされています。その教訓から少しでも事故から救えるひとが出るように、日本の自治体から譲り受けた救急車を母国モンゴルへ贈ったり、NPO法人を通じた医療支援、世代を超えた植林作業などにも積極的にかかわっています。
座主
横綱をみていると、ご両親に育てられた環境、教えがみえてきます。生き方の土台、根幹がしっかりしていると強く感じます。
横綱
子供は父親の背中をみて憧れ、畏れ、オーラを感じます。ボクもそんな父がいて、すばらしい母の教えを受けていまがあります。父は警察官でした。まっすぐに生きてきたひとです。亡くなって時間もたちましたが、いまでも警察で偉くなった方が父の話をよくしてくれるし、ボクをモンゴル警察大に招待して入れて(通信教育)くれました。これは父がちゃんとした生き方をしてきたからでしょう。だから、(周囲が)ボクを大事にしてくれると思っています。
座主
徳を積む、という言葉があります。損得勘定が悪いとは言いません。でも、逆境に陥ったときに批判も受けかねません。横綱のボランティア活動にも人間性がみえてきます。そういう心に『運』が生まれ、それをつかむこともできるのです。自分に勝つこともさることながら、父のため、母のため、人のため。かつての日本人にはこうした考えがもっとあった気がします。日本人より日本人らしいですよ。
横綱
そうですね。言葉としてしっくりくるのは『カルマ』。カルマ(いわゆる業。自らの行い、行為でそれによってもたらされる結果)だと思います。
行く道が開ける
「魂で勝負」
-昨年10月、広島本堂で横綱昇進祝いのゴマを焚かれました。
座主
その修行そのものより、わたしの顔つきをみてほしかった。燃え上がる炎は熱い。護摩木を投ずる手も感覚がなくなるほど。極限の状態に向かうなかで、わたしの表情が激変したはずで、(修行とは)そういうものだと感じてほしかったから。
横綱
自分の生き方をしっかりして、一生懸命、心に魂をもっていけば運や運命、行く道が開けてくるとボクは思うんです。何に対しても心をぶつけて、つくりものではなくてね・・・。結果を気にしてやるのではなく、心でやっていけば運は開けるでしょう。
心技体を自然体で道を究められる
「横綱像」
座主
横綱にはよく目力(めぢから)をつけて、と伝えています。全身全霊、自分を信じ切ることで生まれてくるものだからです。
横綱
それには、やっぱり稽古しかありません。それも全身全霊で多く稽古を積むこと。そこで体もできてきます。
座主
日馬富士関はまだ完成されたわけではありません。大関、横綱とそれぞれに昇進したときにグンと大きく変わりました。立場がひとをつくる、というかね。でも、『俺は横綱なんだ』と鼻にかけることはなかった。(130キロ台前半の)体はこれから極端に大きくなるとも思えませんが、これを宿命といってもいいかもしれません。それを受け入れ、心と技、体が自然体でつながっていれば国技にふさわしい相撲道を極めていけるはずです。そこに日本人とか外国人の壁はありません。わたしのかかわる国づくり人づくりの根幹もここにあります。どんな関取からも憧れられるような横綱になっていただきたいと願っています。
横綱
先生と出会ったことに感謝しています。これも何かの運命です。こうして会ったことによってプラスになることを、相撲道で頑張り、示したいものです。これまでどおり、(アドバイスを)いただいて、ボクを守ってほしいですね。
日馬富士 公平(はるまふじ・こうへい)
本名 ダワーニャム・ビャンバドルジ
昭和59年4月14日 モンゴル・ゴビアルタイ出身
伊勢ケ浜部屋
平成13年初場所で初土俵。16年九州場所で新入幕。21年初場所で大関に昇進し、安馬から改名した。24年秋場所で2場所連続優勝を果たし、九州場所で横綱に昇進。幕内優勝5回、殊勲賞4回、敢闘賞1回、技能賞5回。得意は右四つ、寄り。生涯通算566勝343敗12休(72場所)、幕内通算451勝272敗12休(49場所)。1メートル85、133キロ。
※戦績は平成25年春場所前