[家族づくり]CMF家族学の普及と援助

家族づくりコラム



家族の歴史をたどるときりがなく、人類誕生まで遡ることになります。実際にはどこでどのように人類の歴史が始まったのかは、いまだに謎のようですが、遺跡や文献などから、私たちは思いをはせることができます。
私たち日本人の家族の歴史は、縄文・弥生・古墳・飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・安土桃山・江戸・明治・大正・昭和・平成と時代によって様々です。今回は、戦前と戦後のデータの中から、大きな特徴をいくつかまとめてみました。

核家族は家族の形
表①を見てください。この表は日本全国の世帯を3つに分けています。

(1)三世代以上で構成される拡大世帯
(2)夫婦あるいは親子で形成される核家族世帯
(3)一人で構成される単独家族世帯

意外なことに、拡大家族世帯は大正時代でも全体の3分の1を割っており、逆に核家族世帯は全体の半数以上を占めており、戦後の高度成長期の中で、一層核家族化に拍車がかかっていることが表②から分かります。このことから、核家族は日本の家族世帯の家族の形であると見ることができます。












離婚率は世界一
表③から、明治時代は現代を遙かに上回る離婚率で、世界一という記録が残っています。

これは、婚家から労働力として期待されていたが、同居の親族の意にそわないため嫁が追い出される追い出し離婚が多かったとされています。家・家風・労働力といった集団的・制度的な、現代とは違った環境があるため、単純に離婚率で現在と比較することはできませんが、この時代には五~六回も離婚再婚を繰り返した例もあるといいます。






変貌した『家族』の形
明治から第二次世界大戦のころまでの家族の大きな特徴は、国全体が家制度のもとに統率されていたというところにあります。家長は強い権限を持ち、国家の末端役人でもあり、統治機能も持っていたのです。そして、親子・異世代間関係を中心としたものでした。
家を重んじるのは、江戸時代にもお殿様が、側室を何人も持ち世継ぎを誕生させた歴史からみて、そういった風潮が明治の始めころには引き継がれていたとも考えられます。しかし、家を重んじるあまり離婚された女達は、様々な想いを残したに違いありません。

戦後の新憲法のもと家制度は消滅し、家族は私的な集団となり、法的には対等平等な個人からなる家族であり、夫婦・同世代間関係を中心とした家族となりました。さらに高度成長期時代を迎え、男性の長時間労働に加え、女性の労働力も必要とされていきました。
核家族が進むなか、高学歴化の教育費が家計を圧迫し、加えて地域社会との関わりが薄れていくなかで、家事・育児の上に労働が重なり、女性に負担の大きな社会へと変化していったのです。(現代社会はこの上に介護の負担も重なる)

特に見ていただきたいのは表④の「家族の機能」です。 明治以降戦前までは、家業として農家等の第一次産業が、人口の約半数を占めました。


自営=経営者=従業員=家族であり、また生活=仕事でもありました。世襲で継ぐという場合も多く見られ、代々築きあげられた知識・技術が引き継がれていったのです。家庭の中で生産性を生み出し、専門技術だけでなく、世の中を渡っていくための生活技術も同時に教育しており、人間性を発達させるための機能が、家庭の中にありました。

ところが戦後は、第二次・第三次産業が発達し、賃金労働者が増加しました。それにより、家族の生産機能が衰退していきました。その影響は現代社会に大きく影響していると言ってよいでしょう。高度成長期の専門知識・技術は家庭での教育は不可能であり、その役割は大学や専門校・会社へと移っていきました。また、生活技術は新しい電化製品にとって変わられ、残業や塾などで家族の団らんは姿を消し、教育機能はもとより、生きていくための智慧の継承も人間性の発達機能も衰退していったのです。

私たちが当たり前と感じていることは、現代を生きている今の私たちの考え方であって、常識はいつの時代も変わっているのです。しかし、高度経済成長期からバブル崩壊を経て、私たちの当たり前は本当に私たちのしあわせに繋がるものなのでしょうか?

家族の絆という点からすれば、明治の方が強かったことは明白です。その絆は国全体を一つにして、戦後復興という力となり、敗戦国がここまで復活したという事例もまた、日本が世界の雛形になっていると言われています。 では、家族が崩壊していると言われている今の私たちは、後世に何を残せるのでしょうか?

時代を超えても変わらないもの
しかし、いつの時代にも変わらないものがあります。それは私たちが今生きているのは、必ず両親という生命を生み出してくれた人がいるということです。それは人間も、魚も動物も植物も同じですし、縄文時代よりももっともっと前でも同じ事だったのです。例え分裂して増える生物がいたとしても、それはもとの生物がいるからこそ、増えることができるのであって、何もないところからある日突然出現することはないのです。

そして、その生命をずっと遡っていくと、そこにはすべての生命を生み出した何かにたどりつくはずです。日本遺伝子工学の権威村上和雄筑波大学名誉教授は、この何かをサムシンググレートを呼ばれています。万類は必ずこのサムシング・グレート=生命の根源につながっている。これこそがコスミカリズムであり、運命創造学はコスミカリズムをカリキュラム化した実学です。
家族の形が、どれだけ変わっても、私たちの生命は引き継がれ、生み出されたものであり、自分ひとりの生命でできているのではなくお互いが助け合い、生かし合う存在であるということを、忘れてはならないのです。

参考文献 家族と結婚の歴史(森話社) など