[人間づくり]総合人間教育学の普及と援助

人間づくりコラム


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《『政(まつりごと)の心』を求めて》 第9回 ―「 日本の議会政治の反省(1) 」―
7月21日に衆院が解散となり、8月30日の総選挙が 決ま った。50年間政権を事実上独占してきた自民党が、崩壊状態である。今年は日本の議会政治が始まって120年という節目である。そこでしばらくの間、日本で行われてきた議会政治には、どんな問題があるのかを述べてみたい。

私自身の反省
最初に申し上げておきたいのは、私自身の反省である。私は法政大学大学院在学中に、自由民権運動史を専門的に勉強してきた。これは日本における議会政治の成立史である。衆院事務局に勤めてからもある時期に「議会制度八十年史」の編纂に関わっていた。昭和35年から平成4年まで、国会運営の事務を職業としてきた。

昭和40年代からは、園田直副議長秘書、前尾繁三郎議長秘書を体験し、政治家の活動も直接に承知している。また、事務局でも議員運営委員会など国会運営の心臓部分の仕事がほとんどであった。当時の国会紛糾や重要法案の審議に関わり、いわゆる自社55年体制といわれる政治の裏側にいた人間である。

昭和63年には「議会政治百年史」を執筆し、日本の議会政治の健全な発展を祈ったものの、その後の日本政治は皆さんご承知のとおりである。平成元年に米ソ冷戦が終結し、自社55年体制の談合政治が限界に達した。それを改革する活動をしていたが、衆院事務局では制約が多く、国会改革のため平成4年7月の参院選挙に挑戦し、国会議員となった。

参院議員として2期12年間、政治改革を通じて新しい日本を創る活動を行ない、平成5年に宿願の政権交代で、細川非自民連立政権の樹立のコー ディ ネーター役をやったが、1年足らずで、利権政治勢力の謀略に敗北した。以後、その状態が続いている。平成16年に私は参院議員を引退した。理由は70才を迎えたことと、国会の中では真の国会改革は不可能だと感じたからだ。市民・国民の中で国会の実態を訴えようと決意したのだ。この「国づくり人づくり政治講座」も活動の1つだ。
 
誰が 考えてみても、最近の日本の国会の状況は想像を絶する退廃ぶりである。正直に言って、私の生涯は何であったか、これでは死ぬに死に切れない心境である。私には当事者の1人として責任がある。そこで日本議会 政治 の問題点を、反省をこめて論じてみたい。


議会政治の本質を知らない日本人
7月26日(日)午前7地30分から、TBSの「TV初公開 経産省」という番組を見て いて 驚いたことがあった。経産省を訪問したアナウンサーが、仕事をしている職員に「何をしていますか」と問うと、職員は「法律を作っているところです」と、ワープロの画面を指さした。

この職員は仕事ぶりからみて東大か京大を出た キャリア 公務員と思われる。その立場の職員が、ためらいもなく「法律をつくっている」と発言し、それをTBSが何の疑いもなくそのまま放映する。一見して 何で もない場面のようだが、これが日本人の日本社会の常識なのだ。ここに日本人の議会政治に対する根本的無知さがある。これは個人ではなく日本人社会全体の問題である。

「法律をつくる」ところは国会である。経産省は政府提出の法律案をつくるところなのだ。これを行政公務員やマスメディアもまったく気がつかず、日本は各省庁が「法律をつくる」実質的権限と場所だと、 信じ られているのだ。これは官僚主義が日本を支配している証拠を示していることで、恐ろしい問題である。それに気がつく日本人は少ない。

先進国で日本ほど議会民主政治の本質が理解されていない国はない。 誰が もっとも理解していないかというと、率直にいえば憲法や政治学などを有名大学で教えている学者たちだ。文句があるなら言ってほしい。私がテスト役になろう。