《前尾政治学》 第12回 ―「安岡正篤先生②」―

5月11日、民主党の小沢一郎代表は、突然、代表退陣を表明した。私は1週間前の5月4日、徳島市で講演し「議会民主政治の崩壊をもたらす小沢代表の退陣――日本人よ“帝人事件”の歴史を繰り返すな」と、200人の市民に訴えたばかりであった。
小沢代表の退陣表明は、誠に残念に思っている。しかし、3月30日、小沢代表続投論の過激派である石井一、西岡武夫、田中康夫、平野貞夫の4人が集まり、「何としても続投する方策を実行する」と意見を一致させたとき、私が「状況変化の中で、本人が腹を決めたことには、どんなことでも足は引っぱらない」と提言して了承してもらったこともあり、本人の意思を生かしていくしかない。そこで、小沢代表の退陣表明を「安岡正篤流」に分析するとどうなるか、論じてみよう。
得るは捨つるにある
東洋思想の1つに「得るは捨つるにある」という考えがある。日本が敗戦となった後、倫理運動を始めた丸山敏雄先生の教えに、「一生に二度と出あうことのない大窮地に陥った時こそ、度胸の見せどころである。一切をなげうって、捨ててしまう。地位も、名誉も、財産も生命も、このときどういう結果が生まれるであろうか。まことに思いもよらぬ好結果が、突如として現れる。いわゆる奇蹟というのは、こうした瞬間に起こる」というものである。これは安岡先生の思想から出ている。
実は、小沢一郎はこの「得るは捨つるにある」を、過去1回実行している。それは、平成15年7月、自由党を解党し全てを捨てて民主党に合流したときだ。この時、小沢は「得るは捨てるにあり」を決意し、日本中を驚かせた。その成果はさまざまな苦難を経て、3年後の平成18年4月、民主党代表に就任した。そして翌19年の参院選挙で、奇蹟を起こし、民主党を圧勝させ「与野逆転国会」を実現させた。
格差社会に苦しむ多くの国民は、次の衆院総選挙で政権を交代させることを確実とさせた。その中で日本政治の悪霊たちは「検察ファッショ」を再現させ、政治資金規正法違反という犯罪をデッチアゲて、マスコミを利用し小沢代表悪人論を世論としてつくり上げた。
何がなんでも政権交代を阻止したい麻生自公政権と検察など国家権力を握るエリート官僚たちは小沢民主党政権を阻止するための謀略をめぐらした。それを見抜いた元特捜検事らの「これはおかしい」という問題の提起で、心ある多くの国民は東京地検特捜部のあり方を批判し始めた。さらに「小沢代表の退陣は民主主義の敗北だ」との声も大きくなりつつある時での退陣表明であった。
これは、小沢一郎にとっての二度目の「得るは捨つるにあり」の決断である。普通の人には一度しかない大窮地を小沢は二度も体験することになる。捨てるものは代表の地位でも、得るものが政権交代であればよいのだ。政権交代こそ、現在のわが国でもっとも重要な課題なのだ。官僚が自分たちの特権を続けたいため、すなわち税金を無駄使いするために、自民党による政権を永久に守りたいのだ。この官僚支配政権を、国民が選ぶ国民のための政権に変えることが、景気を回復させ国民生活を守る原点なのである。
四言教

小沢一郎は、自己が最高権力者になることにこだわらない人間である。それより「天命のレセプター」として、日本を改革し発展させることに執念を燃やしてきた人間だ。安岡先生の好む言葉に「四言教」がある。
「天地の為に心を立つ 生民の為に命を立つ 住聖の為に絶学を継ぐ 万世の為に太平を開く」
民主党代表の地位を捨てた小沢一郎は、民衆の困苦と悩みを「良(りょう)知(ち)」し、「天と人の心を一体」として、日本を亡国化しようという悪霊と闘い続けていくことを決意したのだ。 (つづく)