台の政道 通蒙憲法 第四条
餐 を絶ち欲 を棄て、訴訟を明らかに辨めよ。
其れ百姓の訟は一日に千事あり、一日にして尚爾り、況んや歳を累ぬるをや。
頃訟 を治むる者、利を得を常となし、
賂を見て罪を裁き、これを聴す。
便ち、財有の訟は石を水に投ぐるが如く、
乏 の訟は水を石に投ぐるに似たり。
是を以って、貧民は則ち由る所を知らず、
臣の道も亦ここに於いて闕けむ。
あじわいのむさぶりをたち たからものほしみすて、うったえをあきらかにさだめよ。
それおおみたからの うったえはいちにちにせんじあり、いちにちにしてなおしかり、
いわんやとしをかさぬるをや。
このごろうったえを おさむるもの、りをうるをつねとなし、
まいないをみてつみをさばき、これをゆるす。
すなわち、とめるものの うったえはいしを みずになぐるがごとく、
まずしきもののうったえは みずをいしになぐるに にたり。
これをもって、まずしきたみは すなわちよるところを しらず、
つかさの道もまた ここにおいてかけむ。
餐(食をむさぼる)を絶ち、欲(金銀財宝をむさぼる)を捨てて、訴訟を明らかに識別せよ。人民の訴えは一日に千もある。数年に及べば莫大である。しかるに近来、訴訟を取り扱う者が私利を図ることを常習として、賄賂を見れば、取り調べすべき者も放免し、財産ある者の訴えは忽ちに聞き入れ、貧しい者の訴えは聞き入れない。このようでは貧しい者の頼るところがない。臣道の失われるのは当然である。

〝餐を絶ち欲を捨てて〟。この言葉が響いて来ますね。
第四条では賄賂を取ってはならぬぞ、とぴしゃりと言われているのです。
〝「一日千人の訴訟」があるが、これは大変なことだ。正しい裁判をしなければいけない。
財産のある者が司直の者に賄賂を贈り、有利な判決を望んだとしても、貧しい者たちの現状をよくよくみて、貧乏人を泣かせるな。 人民は国の宝、こんなことをやっていては主上の尊厳にも傷をつける。天皇の臣として恥ずかしいと思え。 このような愚行は国家の破滅を招くものである〟と書かれております。
千四百年昔のこの時代に、こんなにも多くの訴訟があることにも驚きますが、行政機関も今と同じように混濁した状況だったと言えましょうか。そんな状況の中でも、日本という国を正しい方向へ導こうと、太子も悲壮なお気持ちで掲げられた条文だったことでしょう。だからこそ次の第五条では……。