鼎の法道 政家憲法 第十七条
政は學非らざれば立たず、學の本は儒釋神なり。
然るに、其の一を好む者は、各其の二を悪い、
而も其れ在ることを妬み其の亡ぶことを欲う、
これ我が知るを理となし
知らざるを非となす所以なり。
故に、政者は宜しく三に通じて、一 を好むべからず。
其の、一を好むことを成す者は、恐らく、政を枉げん。
政を枉げる則は、王道癈れ騒動發らむ。
まつりごとはまなびあらざればたたず、まなびのもとはじゅしゃくしんなり。
しかるに、そのひとつをこのむものは、おのおのそのたをきらい、
しかもそれあることをねたみそのほろぶことをねがう、
これわがしるをりとなし
しらざるをひとなすゆえんなり。
ゆえに、つかさたちはよろしくじゅしゃくしんのみつにつうじて、ひとつかみをこのむべからず。
その、ひとつをこのむことをなすものは、おそらく、まつりごとをまげん。
まつりごとをまげるときは、すめらぎのみちすたれさわぎみだれおこらむ。
第十七条
政治は学問によらなければ立たない。そして学問の本は儒、釈、神である。しかし、この三学の一つを好むものは、他の二つをにくみ、その世に存在することをねたんで亡びることを願う。これは自分の知ることだけを理とし、知らないものを非とするからである。だから、政治に携わるものは、よく三学に通じて一つに偏ってはならぬ。その一つだけを好むものは、恐らく、政治を枉(まげ)るであろう。そうなると王道はすたれて騒動が起こる。

〝政治家は、学ばなければ新しい発想は出て来ぬものである、その基本とは三法であるが、謙虚に学び、そして活かせ。間違った学び方というのもある。一つに片寄った学問はよくないことも心せよ。もろこしの教え、釈迦の教え、日本の神の教えを深く読むことだ。「生涯学習」は人の上に立つ者の務めである〟
ここで私は江戸時代の終わりに大活躍をされた二宮金次郎尊徳のお言葉を思い出します。校庭の銅像でおなじみの金次郎少年が、成人してどんな働きをされたのか。
ほとんどの日本人がこの偉人の業績を知らないのは、教えることを忘れた教育界の責任ですが、あの銅像は薪を背負って売りにゆく姿と、肩の荷を下ろしてこんどは本を読みながら帰る姿を一個の芸術品としたわけですが、この方は物凄い勉強家でした。『国庫に入るを計りて出ずるを制す』と有名な格言が残っていますが、歳入・歳出、そして金融に関しては大経済学者、行政・財政の再建王でした。
幕末の頃、どうにもならないほど困っていた村々が、「報徳仕法」という再建のノウハウを学んで、次々に立派な村おこしをやったのです。その数、なんと全国で六百ヶ村にも及びました。
農家に生まれた尊徳は、身長六尺、一八二センチ。体重九〇キロにも及ぶ、昔としては侍大将のような体躯の持ち主で、七十歳まで長命されました。
尊徳の本の中に〝神と仏と儒教に学ぶ〟とありますが、さながら聖徳太子の憲法を熟読されたのではないかと、私は思うのです。
【二宮金次郎尊徳】
相模国(現在の神奈川県)出身。貧しい中で苦学を重ね、家業を守り立てて再興。神仏儒の教えを基に実践的経済学を説き、小田原藩をはじめ各地の農村復興に尽力した。一七八七~一八五六年。