[人間づくり]総合人間教育学の普及と援助

人間づくりコラム



日の主道 政家憲法 第十一条
叛亂の本は國の乏しさと、民の貧しさあり。
國を乏しくし、民を貧しうするはこれ財を官庫に秘し
米を官蔵に蝕しむるにあり。
夫れ、畜欲の國に住まんよりは寧ろ驕誇の國に住まわむ。
畜欲の世には貨上って都宮に隠れ、
驕誇の世には貨下って郷扉に流る。
富める民は、己の躬、子孫の樂さを惜む。
故に、愼みて制命を畏れるも、貧しき民は恨みて
我れ尚、惜しむに足らずとなす。なんぞ制命を畏れむや。

はんらんのもとはくにのとぼしさと、おおみたからのまずしさあり。
くにをとぼしくし、おおみたからをまずしうするはこれざいをかんこにかくし
こめをかんぞうにむしばましむるにあり。
それ、ちくよくのくににすまんよりはむしろきょうこにのくににすまわむ。
ちくよくのよにはざいかのぼってみやこにかくれ、
きょうこのよにはざいかくだってむらさとにながる。
とめるたみは、おのれのみ、おのがしそんのゆたかさをおしむ。
ゆえに、つつしみておきてをおそれるも、まずしきたみはおのれをうらみて。
われなお、おしむにたらずとなす。なんぞおきてをおそれむや。

第十一条
叛乱の原因は、国の財政が乏しく、人民の貧しいためである。国庫が乏しく、民が貧しいのは、財宝を役所の倉庫に集め、米穀を役所の倉庫に積み重ね、無私に食わせるからだ。財宝、米穀を蓄えるだけで、与えない欲の深い国に住むよりも、驕り誇る国であっても、むしろその方へ住むだろう。畜欲の世代には、財貨は都会に集まりかくれるが、驕り多き世代には、財貨は地方へ流れるものだ。富裕な人は安楽ができるから、己自身や子孫のためにおきてを恐れて従うけれども、貧民は己自身を恨んで、その一身を惜しまないから、上の法度なぞ恐れることはない。

太子は、十条と十一条で再び警告しておられます。〝国が貧しくて人民が苦しいとなれば叛乱が起きる。よくよく考えて、苛酷な税や人民に対しての夫役を命令してはいけない。官の蔵に金が沢山あっても喜ぶな。政治家はここを間違えるな。官の金は人民が納めたものだ、人民のためにどしどし使え。そうすれば皆が喜ぶ〟

この段りは、ケインズ経済学でいう公共事業推進の効果というものを思い浮かべますが、太子の言われたことは公共事業だけでなく、政治家たちは誇りに生きてくれと念を押しています。 これが問題ですね。現在の公共事業費や補助金は、年々留まるところを知らず増え続けていますが、既得権という名の構造的な官僚汚職の怪しい金の流れは、太子の憲法に照らし合わせてみるとどんなものでしょうか。 『人は誇りに生きよ。特に上に立つ政治家は……』そんな太子のお言葉が聞こえてきます。