花の事道 政家憲法 第十条
米粟を多くする本は、之れ五事の非無きにあり。
これ、君に畜臣無く、民に遊族無く、國に荒圃無く、
政に苛制無く、祭に悋修無きことをいうなり。
畜臣を要るときは廻寶を促り。
遊族を置くときは殻功を費す。
荒圃を捨るときは田畠を徴す。
苛制を下すときは逋れて耕ず。
悋修 を行うときは風雨に変む。
焉んぞ米粟多からんや。
よねあわをおおくするもとは、これごじのひなきにあり。
これ、みかどにちくしんなく、たみにゆうぞくなく、くににあれはたなく、
せいにかせいなく、まつりにものおしみなきことをいうなり。
はらぐろのおみをもらうるときはおのがくらにわいろをせまり。
すねかじりをやしないおくときはあそびのためにただめしをついやす。
あれはたをみすてるときはむしくさふえてたはたをすくなくす。
からきおきてをくだすときはのうふはよそにのがれてたがやさず。
そまつなまつりごとをおこなうときはかみまもらずしてふううにおかされむ。
いずくんぞよねあわおおからんや。
第十条
米や粟の生産を多くする根本は、五事に間違いがないことだ。五事というのは、主君に畜臣なく、人民に遊び暮らす者なく、国に荒れ田なく、政治に厳しい法度なく、神を祭るにやぶさかのないことである。腹黒い臣を用いると、国に通用する財宝を自分の倉にばかり集め、遊び暮らす人民があると、穀物を徒食し、荒地を放っておけば田畑少なく、厳しい法度を出せば人民は逃げて耕さず、やぶさかな祭をすれば神は守護してくれないから、風雨の異変が起こる。これでは米粟の多くなるはずがない。

〝米粟を多くする基本は、誤りのない政治にある〟米粟は主食であり、当時の税金。それを増やすには政治が大切であるということをおっしゃっています。太子は悪い例として五つをあげておられます。