平成元年、広島市南区にある広島駅の近くで、山内社長の会社は産声を上げた。体型の悩みから補正ファンデーションに魅せられたが、看護師という職業柄、健康に悪影響が懸念される製品もあり、本物を普及したいとの願いからだった。
父親が経営者とはいえ、経営のイロハも知らない無謀な挑戦を「怖いもの知らず」と振り返る。起業して4ヶ月、ある経営者から木原秀成理事長を紹介いただき経営指導を受け、経営者としての人間づくりのため運命創造学に踏み込んだ。
また、理事長も開発者の一人であった日本初の「女性の自立と家族のための生涯教育カリキュラムLRA(レイディーズロイヤルアカデミー)」が社長の運命を変えた。
>>>続きを読む